潜在性高プロラクチン血症とストレス

子どもを授かるまで

私は子どもがいない方が楽だし、体系とか肌もキレイでいれるし、

何より好きなことを探求できる。その方が自由で幸せだろうと思っていた。

断然子どもはいなくてもいい派だった。

そんな私自身が潜在性向プロラクチン血症と診断された時には27歳だった。

ちなみに乳汁が出始めたのは19歳から。

何か所も病院に行ったけれど『原因不明』で終わり。

たまたま区の子宮頸がんの検査で訪れたレディクリで上記の事を相談したら

『カバサールを処方するのでそれで乳汁が止まれば潜在性高プロラクチン血症です。』と

教えてくれたのだ。

もちろん効果はすぐ現れて、8年間シトシトと滲み続けた乳汁は止まったのだ。

投薬で効果が出た事で正式に『潜在性高プロラクチン血症』と診断された。

その時先生に

すぐに子供が欲しいわけじゃないなら、

カバサール飲みながらタイミング法でいいと思うと言われて

そのまま投薬をしつつ、なんとなく排卵日を狙って致していたものの…

あっという間に1年が過ぎた。

カバサールを処方してもらいに先生の所を訪れた際に、

1年できなかったとなると…本格的に不妊治療なども検討してみたら?

と言われた。正直ちょっとショックだった。

するなら早めがいいから、夫婦でよく話し合ってね。

と勧められた時に、素直に頷けない自分がいた。

普通に夫婦生活をして子どもに恵まれる人が多いとはいえ、

うちに子どもは来なかった。

これからは自らが積極的に子どもを授かりに行く!くらいの勢いで行動しないと

いけないところまで来ていることに気が付いたのだ。

もしたまたま子どもを授かることができていたら私は自分について知ろうとしなかっただろう。

なかなか授からないのは授かるための条件がそろっていないと考えて

真剣に『子を持つこと』について向き合うことにしたのだ。

子どもを育てるにあたって責任はついて回るし、

何より産んだものの愛せなかったりしたら可哀想だし。

万が一私が親になるに値しない人間性の持ち主だとしたら…

今なら産まない選択肢を選べる。引き返せる。だから大丈夫。

そう言い聞かせて自分に問う。

なぜ子どもが苦手なのか。

なぜ子どもの泣き声を聞くと無性にイライラしてやるせない気持ちがわいてくるのか。

何より私は本当に子どもは欲しくないのか。

たくさん本を読んだり自己分析をしたり、自分の本心を聞き出すのに

2年以上かかってようやく理由がはっきりした。

私の家族は 『 機能不全家族 』 であり、私自身は今で言う『いい子症候群』。

そこに『自己肯定感の低さ』がブレンドされていた。

極めつけは『他者の評価が私の評価』という基準になっていたのだ。

気分で怒り出す両親の地雷が怖くて自分の本心は隠して振る舞うようになり、

そのうち自分を見失った。

したいことも、好きなことも、興味があることも。

両親の地雷に触れないように触れないように全部押し殺して、

両親が選んだものを嬉しくなくても喜んでおくとその人達の機嫌が目に見えて良くなるので

常に自分がどう行動すれば両親の機嫌を維持できるか考えていた。

とにかく地雷を踏んだ時の折檻が怖かったので両親の機嫌を取る行動をした。

そうすることでしか子どもの頃の私には自分を守る術がなかった。

その結果、私の行動基準は周りの人に委ねることになっていった。

実はこれが潜在性高プロラクチン血症の引き金にもなっていた。

自分の心を押し殺して家族に合わせていたら、

自分でも気づかないうちに私は自分を無視することが当たり前になっていて、

その無視したものは消化しきれずに潜在的なストレスとしてブクブク膨れていった。

潜在性高プロラクチン血症は寝ている時などの無意識間で

溜まったストレスによってプロラクチン値が爆上げし正常な排卵が行われないため

不妊症になると先生に教えてもらいました。

病気のことがわかっても私はまだ、無意識に自分を無視していることには気づけませんでした。

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