子どもが嫌いだった理由

自分の状態を知ったことで原因は私でなく環境だったり、

自分勝手な他人に振り回されて自身の認識がズレていたり…

整理していくと埋もれて見えなくなっていた自分の正直な気持ちや

大嶋信頼先生の言う『心の声』が徐々にわかるようになりました。

苦手だった子どもの泣き声は、赤ちゃんなら呼吸器を鍛えるために泣くことがあるので

近い将来話せるようになる為の必要なトレーニングと理解していれば

電車で知らない人の赤ちゃんが泣きだしても『呼吸器鍛え始めたのかな~』と

気にならなくなりました。

また、小さい子どもが母親を求めて泣く声が耳障りなのは

子どもの頃泣いても親に放っておかれた 『対応されなかった自分』が 呼び覚まされるから。

親の愛情で癒されなかった寂しい気持ちに共鳴して辛くなる。

でもそんな記憶は忘れていたり、思い出せなかったりするけれども

寂しかった気持ちはいくつになっても残っていて、

子どもの泣き声を聞くだけで呼び起こされてしまうから不愉快になる。

けれども不愉快の本当の理由もわからず『子どもはうるさい』となって嫌いになる。

私が子ども嫌いな原因の1つでした。

母は保育所に私を預ける度に『時計の太い針が6のところに来るまでに迎えに行くね』と

具体的な約束をしては破るタイプの人間でした。

実際に来たのはその2時間後だったり…

保育所では夜お泊りする子どもたちもいて布団を敷いて寝始める子もいました。

私も例外でなく保育士さんによって布団に入れられるものの、

心の中では『お母さんに本当に捨てられた!』と修羅場で大泣き。

というのも、しょっちゅう母は私に言っていたのですが、

『あんたは拾ってきた子どもだから言う事聞かなかったらまた捨てるよ!』と。

だから 本当に捨てられた。 と強く印象に残っている。

あちこちで泣き出す子どもが出てきて保育士さんも忙しいとなると

泣いてもなぐさめてくれる親も大人もいない。

母が迎えに来るまで自分は捨てられたとショックでした。

泣き疲れて寝て忘れる子もいれば、私のようにずっと覚えている子もいる。

子どもだから時間とかわかってないだろうし、過ぎてもいいや。

脅して黙るなら、それでいいや。

大人の理不尽な態度で傷ついた子どもが大人になって自分の子どもに繰り返してしまう。

虐待を受けて育った子どもが大人になって同じことを子どもにしてしまう。

子どもを虐待しようと思って産む人はいない。

子どもの頃憧れた温かい家庭を作りたくて、夢見て産むけれど

『なんでこの子はこんなにわがままなの?』

『自分勝手で言うことも聞かない。』

『理想と違った。産まなきゃよかった。』

子どもが自由に楽しそうにしていると 過去の虐げられた自分が嫉妬する。

『私は愛情で満たされたことなんてないのに。』

『なんで私だけが愛情を注がないといけないの?』

こうなってしまうと苦しいですよね。

子どもの声や態度で何度も過去の癒されていない自分が呼び起こされてしまうから。

私は自分を理解する前に、

子どもを持った時にどう育てるのが正解なのかと、よく考えていました。

その想像は毎回、子どもがやろうとしていることを先回りしたり、

どうしたら他人に迷惑をかけず、しつけの行き届いた立派な子供に見えるかなど…

母が私にしたように自分とは違う人格を持っている子どもの意思や考えを押さえつけてまで

コントロールしようとして、

どこかの誰かの評価の目を気にしている自分がいました。

生まれながらに自由で自分勝手な子供という存在が羨ましく、憎かった。

なぜなら自分は意思を殺して親に合わせているのに、我慢しているのに…と。

この植え付けられた不自由さから来る嫉妬が最大の子ども嫌いの原因でした。

自分への理解が深まってから その歪んだ考え方に気が付いたとき、

『過去の私はまともな子育てができるような人間ではないな。』と痛感しました。

子どもは自由。大人も自由。

自分はお母さんである前に1人の人間で、

子どもの時に親の気分で満足に愛してもらえなかったけれど

今は自分で自分を大切にして、慈しむことができる。

無理をしすぎたって我慢しすぎたって誰も褒めない、

よく頑張ったねって認めてくれる世界なんてない。

他人に褒められたり認められたところで何か生活が変わるわけではないし

心のしんどさや、つらさのレベルが可視化できる訳ではないから

自分をすり減らしてまで1人で抱えなくていい。

誰かに頼るにも多少お金がかかっても、その時だけの出費。

無理をしすぎて鬱になったり病気にかかった方がよっぽど医療費はかかるし

通院する時間だって必要になる。

長い目で見ると我慢や無理は毒だし

その状態を強要しようとする奴らはもはや敵だよね。

離れられるならどんどん離れて、どうしても切れない人とは距離を置いて自分を守る。

里帰り出産も一瞬考えたけれど、

私と母は性格が合わないのでもちろん里に帰る予定はなし。

母とは年に2.3度会うくらいが私にはちょうど良いから。

がんじがらめだった考え方を少しずつ紐解いていったら

どうしよう、何が正解かな?と他人の意見に合わせようと

延々考えていたことがいかに無駄だったか露わになった。

私は人の為に色々考えているのに!他の人は自分勝手だ!!

と、憤る人は1度自分の心に聞いてみるといいと思う。

『私も自由でいいんだよ。』って返ってくるはずだから。

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